エンリケ クレスポ
マルチな才能を持つエンリケ クレスポはウルグアイのモンテヴィデオに生まれた。ウルグアイとブエノスアイレスで建築学と音楽を勉強した彼は、その後地元のオーケストラの首席奏者として、編曲家、ジャズのソリスト、そしてバンドのリーダーとして活躍する。情熱的で生まれついての音楽家であった彼は、奨学金を得て1967年から69年まで、ベルリン音楽大学でトロンボーンと作曲を勉強した。同じ年の1969年、バンベルグ交響楽団の首席奏者に就任、後の1980年に首席奏者としてシュトゥットゥガルト放送交響楽団に移籍した。
この時期にエンリケ クレスポはとりわけ作曲家として、数多くの作品を発表し、自身で演奏している。又バイエルン放送とレコード、フィルム等を精力的に製作し自身の音響スタジオも建設している。
1974年、フランスツアーの締めくくりに、すでにドイツを代表するオーケストラの首席奏者となっていたベルリンでの学生時代の仲間と共に、ドイツ金管5重奏団を結成した。
その後、EMIクラッシック製作の“BACH 300” のバッハのアレンジの際に、音楽的な妥協は出来ないと言う考えのもと、ドイツ金管5重奏団の結成から丁度10年後の1984年、編成を倍に拡大し、”ジャーマンブラス“と改名した。
彼は当初からジャズやフォルクローレが、いわゆる真面目な音楽と名づけられたクラッシック音楽と、同等のものであると結びつけることに愛と情熱を持って打ち込んでいた。彼の作品は様々な、そして異なるスタイルの融合によって、全く新しい金管楽器の可能性を提供するのである。いわゆるクラッシック音楽の作曲家には、どちらかと言うと裏方に回されがちな金管楽器だが、全く別の次元の金管楽器の魅力と可能性が彼によって存分に引き出されるのである。

